トランプ政権の関税戦略:北米覇権の追求 - Journamics

トランプ政権の関税戦略:北米覇権の追求

トランプ政権の関税と新たな参謀

ドナルド・トランプ氏が2期目の大統領としてホワイトハウスに戻った2025年、彼の手元には新たな武器がある。それは関税だ。
関税を単なる貿易調整の道具ではなく、安全保障と国家戦略を結びつけた「多機能ツール」として振りかざし、北米大陸でのアメリカの覇権を再構築しようとしている。その背後には、大統領経済諮問委員会(CEA)委員長に指名されたスティーブン・ミラン(Stephen Miran)氏の思想が色濃く反映されている。

Stephen Miran
スティーブン・ミラン氏(manhattan.institute HPから引用)

ミラン氏の「User’s Guide」と関税の再定義

ミラン氏の思考を探るには、彼のエッセイが参考になる。2024年11月に「A User’s Guide to Restructuring the Global Trading System(グローバル貿易システム再構築のためのユーザーガイド)」というタイトルで発表されたものだ。そこでは、関税を経済政策の枠を超えた戦略的レバレッジと位置づける。

彼の提案はシンプルだ。貿易相手国を「友好国」「中立国」「敵対国」に分類し、それぞれに異なる関税率を適用する。そして、関税を為替操作や外交圧力と連動させ、相手国の行動を制御し、アメリカの国益を最大化する。

トランプ政権がこの青写真を手に最初に標的としたのは、意外にも「友好国」であるはずのカナダだった。2025年3月4日、カナダとメキシコからの輸入品に25%の関税を課すと発表し、鉄鋼・アルミニウムには一時50%まで引き上げる構えを見せた。表向きの理由は「貿易赤字の是正」や「フェンタニル流入阻止」だが、その真意はミラン氏の理論に沿った、より高次の国家戦略にあると見るべきだろう。


安全保障のツール

トランプ大統領がカナダへの関税を正当化する際、国境管理を強調したのは偶然ではない。「カナダが麻薬流入を止めないなら、経済的ペナルティを課す」と述べたが、これは関税が単なる経済制裁を超え、安全保障上のツールとして実用された一例だった。
先述のエッセイでは、関税が通貨相殺(ドル高による輸入価格上昇の緩和)を引き起こしつつ、相手国に譲歩を強いる外交的圧力として機能する、と述べられている。カナダがオンタリオ州の電力料金25%引き上げを撤回したことで、関税の一部が見直された事例は、まさにこの戦略の実践となった。

アメリカにとっての北米における安全保障とは何か。それはアメリカがカナダやメキシコを従属的なパートナーとして確保し、国境を越えた脅威(麻薬、移民、経済的競争)を抑え込むことだ。トランプ大統領の「カナダは51番目の州になるべき」との発言は挑発的だが、関税を通じてカナダの経済的疲弊を誘発し、その自主性を削ぐ意図が伺える。


北米覇権への道

カナダへの関税は、北米覇権を強固にするための第一歩だ。カナダ経済は米国に依存しており、輸出の74%がアメリカ向けだ。25%関税が全面発効すれば、鉄鋼、自動車、エネルギー産業が打撃を受け、GDP成長率は1%近く低下するとの試算もある。一方でアメリカはカナダと比べて、圧倒的に経済規模が大きい(GDP:アメリカ 約27兆ドル vs カナダ 約2兆ドル)。そのために報復関税の影響を相対的に吸収しやすく、トランプ政権はこの非対称性を利用する。

さらに、カナダの内部分裂を誘発する可能性も見逃せない。例えばオンタリオ州とアルバータ州の対立、ケベック州の連邦政府批判は、関税戦争がもたらす経済的混乱によって加速しつつある。疲弊したカナダが米国に譲歩せざるを得なくなれば、北米でのアメリカの支配力は一段と強まる。ミラン氏の「友好国への低関税」原則から逸脱しているように見えるが、これはむしろ「友好国を再定義する」ための戦略的賭けだ。

補足:カナダ諸州

Political_map_of_Canada、パブリックドメイン
カナダの地図

オンタリオ州(Ontario、地図ではイエロー)
カナダ最大の経済州であり、人口約1,500万人(2024年推計)を抱え、製造業とサービス業が基盤である。米国への輸出依存度が高く(輸出の80%以上が米国向け)、関税によるサプライチェーン混乱は雇用とGDPに直接的な打撃を与える。オンタリオ州が電力料金25%引き上げで対抗したのは、米国北東部への電力供給(総電力の10%を占める)を武器にした抵抗だったが、関税見直しで撤回に追い込まれた。

アルバータ州(Alberta、深緑)
カナダの石油産業の中心地。油砂を含む石油埋蔵量は約1,617億バレル(Alberta Energy Regulator, 2024)で、国内総生産の約80%を占める(CAPP, 2024)。米国へのパイプライン(例:Enbridge Mainline)を通じた輸出が生命線であり、関税による市場縮小は州経済に壊滅的影響を及ぼす。

ケベック州(Quebec、同オレンジ)
人口約890万人(2024年推計)で、フランス語圏の独自性が強い。水力発電が経済の基盤(電力の97%が水力)で、石油生産はほぼ皆無だが、米国や海外からの輸入油を精製する能力を持つ。米国依存度が他州より低い。


リスクと批判

もちろん、この大胆な戦略にはリスクが伴う。主流派経済学者のローレンス・サマーズは「カナダを敵視する関税は北米の経済統合を崩壊させる」と警告しており、カナダの報復関税(30億ドル規模)やサプライチェーン混乱が米国企業にも跳ね返る可能性は否定できない。ミラン氏の「通貨相殺」理論が機能しなければ、インフレが加速し、トランプ大統領の支持層である中間層の不満を招く恐れもある。

トランプ大統領の関税戦略は、19世紀末のウィリアム・マッキンリー大統領を彷彿とさせる。彼は関税と領土拡大を組み合わせ、アメリカを帝国へと押し上げた。トランプ大統領もまた、関税を安全保障と結びつけ、北米での覇権を歴史的レガシーとして刻もうとして可能性がある。ミラン氏の知恵はそのための設計図だ。

William McKinley、パブリックドメイン
ウィリアム・マッキンリー(1897-1901年、第25代大統領)

一方のカナダではジャスティン・トルドー首相の後任として、マーク・カーニー首相の誕生が決定し、国民団結を掲げて抵抗を試みている。2025年4月2日の「相互関税発効日」を前に、カナダがどれだけ抵抗するか、米国内の反発がどこまで高まるかが試金石となる。