2025年2月27日、南アフリカのケープタウンで行われたG20財務相・中央銀行総裁会合が閉幕しました。
「共同声明」については、関税政策や地政学リスクなどの意見対立からまとめられませんでした。
こうした国際協調の欠如は、世界経済の不透明感を一段と高めています。
保護主義の再燃はなぜ大きな脅威となるのでしょうか?
1. 保護主義の教訓を歴史から探る
歴史を振り返ると、保護主義が世界経済に負の影響を及ぼした例は枚挙にいとまがありません。
典型的なのが1930年代の世界恐慌後に各国が輸入関税を大幅に引き上げた事態で、代表例にアメリカのスムート・ホーリー関税法(1930年)があります。
当初は国内産業保護を目的としていましたが、貿易相手国が対抗措置を講じる報復関税合戦が加速し、世界貿易量は激減しました。
IMFや世界銀行の研究によると、当時の貿易量は1929年比で1933年に約3分の1にまで落ち込んだとされています。
その後、第二次世界大戦を経た国際社会は、関税および貿易に関する一般協定(GATT) の誕生などを通じて自由貿易体制の構築を目指し、徐々に関税水準を引き下げる方向に進みました。
しかし、世界経済の減速や国内の不満が募る局面になるたびに、保護主義が台頭する傾向は繰り返されています。
2. 近年の「米中貿易摩擦」
近年では2018~2019年の「米中貿易摩擦」が象徴的でした。
アメリカが中国製品に追加関税を課し、中国も報復関税をでの応酬に発展しました。
WTO(世界貿易機関)によれば、世界の貨物貿易の伸び率は2019年に1%を下回る水準に低迷しました。
さらに、2020年以降のパンデミックでサプライチェーンが混乱、景気後退や金融市場の不安定化が続く中、各国が経済の自国回帰を目指す「脱グローバル化」「経済のブロック化」といった動きが強まっています。
今回のG20財務相会合では「保護主義の台頭」や「サプライチェーンの分断」が世界経済の下方リスクとして指摘されました。
しかし、アメリカをはじめとする大国が協調よりも国内優先の政策を打ち出し、他国が反発する構図が鮮明になり、最終的に共同声明をまとめることはできませんでした。
3. 国際金融システムから考える
保護主義の影響は、貿易だけではなく金融市場や投資動向にも及びます。
貿易関税の引き上げや不透明な制裁措置が各国の輸出入を減速させ、それに伴う為替レートの急変や資本フローの停滞が金融システムの安定を損なう可能性があるのです。
IMFによれば、世界の成長率は2025年・2026年ともに3.3%と見込まれます。これは2000~2019年の平均3.7%を下回る水準です(World Economic Outlook 2025年1月 )。
地域間のばらつきは拡大しており、米国の成長は相対的に上方修正された一方、欧州や中国の見通しは下振れが示されています。
さらに同レポートの中で、「貿易政策の不透明感が投資を抑制し、世界貿易の成長を妨げる可能性がある」とし、保護主義的な環境が長期化する場合、成長率の下振れリスクが高まるとしています。
また、今回の会合では国際金融市場を巡る不確実性にも言及されました。
新興国市場の株価が低調な要因のひとつに、保護主義政策の影響でドル高が進行し、資金調達コストが上昇していることが指摘されています。
これにより債務負担が増大する国がさらに増えると、債務再編交渉が難航し、国際的な金融セーフティネットが十分に機能しにくくなる恐れがあります。
今回のG20会合でも、MDB改革や債務処理共通枠組みの改善が主要な議題となりましたが、保護主義が強まる中で国際協力を円滑に進めるのは容易ではないでしょう。
※ MDB改革
世界銀行や地域開発銀行などの多国間開発銀行(MDB)の資金力・ガバナンス・業務範囲を強化し、途上国の開発や気候変動対策などのグローバル課題に効果的に対応できるようにする取り組み。
4. G20が示す国際協調の難しさ

G20は「世界を主導する国」がバランスよく含まれ、あらゆる地域・経済圏を代表すると言われる国際的な枠組みです。
先進国だけで構成されるG7(主要7か国)に比べ、G20には新興国や途上国も含まれ、世界のGDPの8割以上、人口の6割以上をカバーしています。
つまり、G7は民主主義や自由経済など共通のイデオロギーを強く共有する一方で、G20は政治・経済・社会体制が多様な国々を包摂しており、それゆえ地政学的・経済的課題により幅広く対応できる可能性があります。
1999年のアジア通貨危機をきっかけに創設されたG20は、2008年のリーマン・ショック後に首脳会合(サミット)に格上げされ、世界的な危機対応で一定の役割を果たしてきました。
しかし、ここ数年はウクライナ侵攻をめぐる対立や、米国と一部の途上国との軋轢など、いくつもの「火種」があり、今回のように大国が欠席したり強硬姿勢を示したりする場合、各国間の妥協を見いだすのが一層困難になります。
事実、保護主義への懸念や国際課税のルールづくりなど議題が山積する中、今回の会合では共同声明の採択に失敗しました。
代替として発表された「委員長の概要」は広範な論点を整理しているものの、各国の具体的合意点を示すには至っていません。
こうした状況は、今後のG20の結束や、国際協調をベースとした経済秩序の維持に大きな課題を突きつけていると言えるでしょう。
5. 今後の展望
貿易や気候変動、国際金融アーキテクチャ改革といった喫緊の課題を解決するには、多国間協調が不可欠です。
保護主義的な壁の構築が進めば、各国の通商環境が分断され、グローバルな投資やイノベーションの流れを大きく阻害しかねません。
特に、サプライチェーンをめぐる分断は先端技術やエネルギーの安定供給にも影響し、インフレーション圧力を高める要因となり得ます。
そのため、G20の舞台で合意形成が難航したとしても、バイラテラル(2国間)あるいは小規模な多国間(プルリラテラル)の協定を通じて自由貿易や投資の拡充を守り抜く努力が必要です。
1930年代の世界恐慌から何度も繰り返されてきた教訓を踏まえると、現代のグローバル経済では保護主義が「持続的な成長を阻害する大きなリスク」であることは明白です。
経済史と国際金融システムの両視点を踏まえた上で、多国間協調の意味を再確認し、保護主義の荒波を食い止める舵取りが求められています。
(※本コラム内の数値・コメントは、公表されている各種報道・機関資料を元に作成しています。より詳細な最新統計や見通しは、IMFやWTO等の公式レポートをご参照ください。)