アメリカ「H-1Bビザ」10万ドルに値上げ:高度人材獲得競争への影響は? - Journamics

アメリカ「H-1Bビザ」10万ドルに値上げ:高度人材獲得競争への影響は?

2025年9月21日(日本時間)、アメリカのホワイトハウスは新規のビザ「H-1B」請願に対し1件10万ドルの支払いを入国条件として課すと発表した。本件は米国の高度人材吸引力に直結する制度変更である。

H-1Bビザとは、米国で「専門職(Specialty Occupation)」に就く外国人向けの就労ビザだ。申請は雇用主が行い、年次上限は約85,000件(一般枠65,000、米国修士以上枠20,000)。有効期間は原則3年で最長6年まで延長可能、家族は別種の「H-4」ビザで帯同でき、雇用主を通じて永住権申請へ進む道も開く。


布告は「新規申請・新規入国」に限定して10万ドルの支払いを求め、国家利益に合致する案件には除外を認める。省庁の運用は調整中で、混乱を受けた企業が国際移動の自制を社内通知する動きも出た。

トランプ大統領は署名時に「テック業界も喜ぶはずだ(I think they’re going to be very happy)」と記者団に向け発言した(2025年9月19日)。

適用外の範囲や金額の位置づけ(年次か一度きりか)をめぐる説明は当初錯綜したが、現時点では「新規に限る」との明確化がなされている。


高度人材獲得競争における、アメリカの圧倒的な地位

米国は大学・企業の巨大な研究需要とH-1Bを軸に、世界の頭脳を吸収してきた。2021年のSTEM就業者に占める外国出生の比率は19%である。

H-1B承認の出身国構成では、2023年度でインドが72%、2024年度でも71%を占め、IT・研究分野の人材供給源が偏在している。今回の10万ドルは限界費用を大きく押し上げ、採用の選別を強める方向に働く可能性が高い。


アメリカ政府で強まる排斥的嗜好

政権は賃金下押し回避や自国労働者保護を掲げ、H-1Bの費用引上げや賃金規則見直しを含む再設計を進める。制度は国家利益除外を残す一方、即時実施が実務の不確実性を高める。

排斥的嗜好の強化は、短期には採用延期と配置転換を誘発し、中期には米国外への人材流出圧力を強めうる。


過去の大国から学ぶ人材獲得競争の歴史

各時代の国家は、海外の高度人材を、開放と選別を使い分けて受け入れてきた。例えばアテネは在留外国人(メトイコイ)を登録と人頭税で管理し、土地所有・参政を禁じつつ、商工・造船・金融の人材として活用した。功績者に限定的な市民権を与える例外はあったが、恒常の上方流動性は狭かった。

他方ローマは、非市民自由民(ペレグリーニ)や解放奴隷を都市経済に組み込み、補助軍に長期従軍すれば本人と子に市民権を与える明確な「パス」を制度化した。212年のカラカラ勅令は自由民の市民化を進め、境界をさらに薄めた。

要するに、古代もスポンサーと課税で就労を把握し、限定的な身分上昇の回路を設けた。現代のH-1Bが雇用主スポンサーと永住申請の連結で「パス」を設計する点はローマに近いが、目的は軍事・公共事業から知識集約へと置き換わっている。


日本の採るべき戦略

米国のコスト上振れと運用不確実性は、代替地の相対的魅力を押し上げる。EUはBlue Cardで学位・年収の明確基準を提示し、カナダはExpress Entryでポイント制と迅速処理を前面に出す。

日本は特定技能と高度専門職の両輪で、博士・修士の採用から永住に至るまでの道筋を可視化し、家族帯同、教育、住宅の行政支援を一体化するチャンスになる。英語運用の常設審査枠と大学・研究機関の迅速な招聘手続、半導体・AIの重点領域での研究資金の機動配分を組み合わせ、意思決定速度と確実性で勝つ設計が待たれる。


まとめ

今回の10万ドルは、米国の強みである「需要規模×上方流動性」の循環に摩擦を加え、EU・カナダなどとの制度競争に波及する。日本にとっては、処理の速さ、基準の明確さ、暮らしの確実さを束ねて提示できるかが勝負の分かれ目である。


引用元

US new H-1B visa fee will not apply to existing holders/Reuters/2025年9月20日。
White House says $100K H-1B visa fee won’t apply to existing holders/AP/2025年9月20日。
Trump to impose $100,000 fee per year for H-1B visas/Reuters/2025年9月19日。
Characteristics of H-1B Specialty Occupation Workers(FY2023, FY2024)/USCIS/2024年3月6日・2025年4月29日。
The STEM Labor Force, NSB-2024-5/National Science Board/2024年5月30日。
EU Immigration Portal: EU Blue Card/European Commission/2025年参照。
Express Entry: CRS criteria/Immigration, Refugees and Citizenship Canada/2025年8月21日。
Declaration of Accord on labor recruitment(West Germany–Italy, 1955)/German History Intersections/1955年12月20日。