「資本主義の本質は創造的破壊のプロセスにある。古いものを破壊し、新しいものを絶えず創造する。」
オーストリアの経済学者、ヨーゼフ・シュンペーター(Joseph Schumpeter)による有名な一節だ。

自身の著書「資本主義、社会主義、民主主義(1942年)」で提唱したこの原則は、資本主義の本質を鋭くついた一節として名高く、いまだに経済学の基本原則と考えられている。
2025年3月現在は、まさに「創造的破壊」の最中といえよう。ずばり、今やメディアで目にしない日はないAI開発競争のことだ。
現状の”ランナー”たちは開発手法によって大きく2つに分類できる。
一つ目は、OpenAI(アメリカ)のような、「とにかく開発資本投入し、大規模開発でA Iを進化させる」陣営。
二つ目は、そこにキャッチアップしようと狙う、DeepSeek(中国)のようなオープンソース陣営だ。
独占的なインフラと巨大モデルの威力
まず、前者の陣営から説明しよう。ここにはAI競争の幕開けのゴングを鳴らしたOpenAIも含まれる。AI競争における先頭集団と言えよう。
スケールのメリット
そもそも、AI競争で「スケール」が重視される理由は、「AI開発が計算力に依存しているから」だ。
AI研究分野で著名な教科書『Deep Learning』(Goodfellowら)でも、「スケールが知能の飛躍を可能にする」と説いており、大量のデータと計算リソースがAIの性能を劇的に高めるとされる。

事実、GPUを活用する大規模な並列計算がなければ、今日の巨大モデルは生まれなかった。
例えば、後述するNVIDIA(アメリカ)のH100 GPU(同社のAIセンター用GPU)が支える膨大な計算力は、OpenAIのChatGPTのような巨大モデルを訓練し、数兆のパラメータを扱うことを可能にした。
つまりスケールは、技術的可能性そのものを広げる力を持つのだ。経営学における「規模のメリット」以上の意味を持つのである。
そして、GPU依存のスケールは、莫大な資本と電力供給を前提とし、小規模プレイヤーの参戦を阻む、モート(企業を競合から守る、経済上の堀」)の役割を果たす。
OpenAI(アメリカ)
すでにご存知のOpenAIは、ChatGPTを手がけるこの競争のトップランナーだ。Microsoft(アメリカ)との130億ドル提携を行い、資金とリソース(クラウド)を手中におさめた。
まさにAI競争の王道である、「スケールメリット」を存分に活かした開発手法が、OpenAIを今日の地位に至らしめたといえよう。
NVIDIA
続いて、一時は世界時価総額1位にも輝いたこの企業だ。
AI開発に必須の大規模計算インフラは、NVIDIAによって支配されている。同社のGPUは市場シェアの90%を占め、特に2024年に投入されたH100 GPUはAI開発企業の争奪戦となった。
また、GPUのようなハードウェアだけでなく、ソフトウェアもNVIDIAの強みだ。開発プラットフォーム「CUDA」は業界の標準で、開発者を囲い込んだ。自社製のGPUと緊密に連携し、エコシステムを形成している。
前述のOpenAIも、Microsoftと組んで膨大なインフラ上に巨大モデル「GPTシリーズ」を構築している。
アメリカ合衆国
企業に並んで、「国家」にも登場してもらおう。
アメリカ合衆国は、自国にOpenAIとNVIDIAを抱えながら、さらに政府としてもAI開発を強力に推し進めている。特に、「Stargate計画」には注目だ。
SoftBank(日本)も関わるこの計画は、「スケールで勝つ」の頂点だ。OpenAI(運用責任)、Oracle(データセンター技術提供)、MGX(UAEの投資企業)、NVIDIA、Microsoft、ARMといった企業群も参加し、ドリームチームが結成されている。
初期投資は1000億ドルに及び、AIを米国に根付かせる国家戦略と位置付けられる。
すでにテキサス州アビリーンにデータセンター(50万平方フィート規模、10棟)が建設中で、今後はアメリカ中に拡大する。トランプ大統領も乗り気で、「10万人の雇用創出」を主張している。
SoftBankの孫正義氏は、この計画を「AI革命の基盤」と意気込んでいる。
スケール陣営の第二集団
参入が難しい「スケール陣営」だが、中には驚異的な追い上げをみせるプレーヤーもいる。
実際、世界一の資産家として著名なイーロン・マスクは、驚異的なスピードで先頭集団の背中を捉えつつある。AI開発会社の「xAI」を立ち上げ、テスラ経営のノウハウを活かしてアメリカのメンフィスに「Colossus」という巨大なデータセンターを設立。NVIDIAのH100 GPUを200,000個確保し、Grok 3というモデルをリリースした。
オープンソースコミュニティの反撃
一方、巨大資本による支配に対抗する勢力として、オープンソースコミュニティが台頭している。
DeepSeek(中国)やMistral AI(フランス)は、高度に効率化されたモデルを提供し、低予算で高性能AIを構築する可能性を実証した。
特にDeepSeekのR1モデルは、限られた資金とリソースで驚異的な性能を示し、スタートアップや中小企業にとって現実的な選択肢を提供している。
こうしたコミュニティ主導型モデルは、モデル開発のコストを劇的に引き下げ、市場参入のハードルを下げることで、AIの民主化を強力に推進している。
インフラ帝国か分散型イノベーションか:市場は岐路に
2025年、AI市場は独占型と民主型の二極化が鮮明になりつつある。Stargateプロジェクトのように、OpenAIとSoftBankが1000億ドル規模の施設を建設し、米国の技術的主権を強化する一方で、中国勢を含むコミュニティ側は効率的なモデル設計や軽量化に活路を見出している。
特に、インフラ依存型の限界として指摘される電力消費の問題は無視できない。エネルギー資源の問題も今後の勝敗を分ける要因として注目される。その観点では、やはりアメリカ政府のような”行政機関”の後押しも必要だ。
AGI市場の将来を見据え用とすれば、「独占」と「民主化」という二つのトレンドは見逃せない。この競争が加速する中で、自社のAI戦略をどちらの方向で描くべきか、判断が求められている。
最終的な勝者が巨大資本による独占か、それともコミュニティ型モデルによる民主化かはまだ見えていない。
ただ確かなのは、この競争が単なる技術的な問題にとどまらず、地政学やエネルギー供給、経済的なリスクを伴う複合的な戦いになりつつあることだ。