日本のエネルギー政策の方向性を定める最高位の計画が「エネルギー基本計画」である。
原油価格の乱高下、ロシアによるウクライナ侵攻、中東情勢の緊迫化など、エネルギー供給を揺るがす国際情勢が続く中、安全保障の観点を軸としてエネルギー需給の在り方が検討され、政府が総合的なエネルギー政策を示すものである。
日本はエネルギー自給率が先進国の中でも低水準であり、化石燃料の調達先の多角化と再生可能エネルギーの導入拡大が急務である。
ウクライナ侵攻後の資源価格高騰や中東依存のリスクが改めて露呈し、エネルギーの安定供給を最優先しつつ、カーボンニュートラル(脱炭素)実現のためにどのような投資を行うかが最大の課題となっている。
2025年2月18日、政府は第7次エネルギー基本計画を策定した。
そこでは
(1)安全性
(2)安定供給
(3)経済効率性
(4)環境適合性
という「S+3E」を軸に、2040年や2050年に向けた電源構成や技術開発を推進する方針を示している。
ここには、化石燃料依存からの脱却、再生可能エネルギーおよび原子力の最大限活用、さらには水素・アンモニアなど次世代エネルギーの利活用の拡大が盛り込まれている。
エネルギー転換とビジネスチャンス
21世紀における経済競争力は、「どのように製造されるか」にシフトしている。
グローバル企業は、調達先の環境負荷やサプライチェーン全体の脱炭素度を重視しており、燃料価格の変動や地政学リスクによるエネルギー価格の上昇は、企業経営の安定性に大きな影響を及ぼす。
加えて、IT分野の膨大な電力需要が問題となっている。
生成AIやデータセンターが必要とする電力を「クリーンな電源」で賄う必要があるが、電気料金が高止まりすれば企業投資が海外へ流出するというジレンマがある。
実際、現在、世界各地で大手IT企業がデータセンターの候補地として「再生可能エネルギー等のクリーン電源が十分かつ安定供給されること」を条件にしている。
欧米のみならず、インドや東南アジア諸国も、クリーン電源の拡充により誘致競争を繰り広げている。
アメリカのビッグテックのクリーンエネルギー投資
アメリカのIT大手、すなわちビッグテックは、膨大な電力消費を背景に独自のクリーンエネルギー投資に乗り出している。
Googleは世界各地で再生可能エネルギーの長期購入契約(PPA)を締結しており、AWS(アマゾン・ウェブ・サービス)はすでに世界最大規模の再生エネルギー調達事業者となっている。
MicrosoftやMeta(旧Facebook)も同様に、風力や太陽光などのプロジェクトに大規模な投資を発表している。
さらに、原子炉の新技術(小型モジュール炉や次世代革新炉)への関心が高まり、積極的に開発投資が行われる動きが見られる。
これらのクリーンエネルギー投資加速の背景には、気候変動に対する意識の高まりだけでなく、データセンターの立地競争が激化している現状がある。
日本勢の追随と再エネ拡大
日本企業もこれに追随している。
大手通信事業者や自動車メーカーは、工場や事業所で使用する電力を「RE100」相当へと切り替え、バーチャルPPAを活用する動きを見せている。
再生可能エネルギーを主力電源化する施策が打ち出され、大規模太陽光や風力の拡張、さらには水素やアンモニアといった次世代燃料の利用に関して実証実験が進んでいる。
しかし、日本の国土条件や電力系統の制約から、導入コストの高さや送配電インフラの課題が依然として残る。
これを解決するため、政府の補助金や規制改革が強化され、第7次エネルギー基本計画においても、再エネ拡大のための系統増強や新技術開発の重要性が繰り返し強調されている。
※ RE:100
企業が事業運営に必要な電力を100%再生可能エネルギーで賄うというコミットメントを示す国際的なイニシアティブである。これにより、企業は温室効果ガス排出の削減に寄与し、持続可能な社会の実現を目指す。
※ バーチャルPPA(バーチャル電力購入契約)
物理的な電力の受け渡しを伴わず、再生可能エネルギーの発電事業者と契約を結び、発電された電力の価値を金銭的に交換する仕組みである。これにより、企業は市場の価格変動リスクを抑えつつ、クリーンエネルギーの利用拡大に貢献する。
三菱商事の洋上風力は頓挫
再生可能エネルギー拡大の機運の中、課題の象徴として注目されたのが、三菱商事の洋上風力案件の頓挫である。
洋上風力は欧州を中心に急速にコストが低下しており、日本でも主力電源として期待されていた。
しかし、漁業権の調整、海底ケーブルなどのインフラ整備のハードル、入札制度の不透明性など、複数の要因が重なった結果、プロジェクトが立ち行かなくなった。
三菱商事の事例は、そのスケールの大きさゆえに特に注目され、「国内大手企業ですら困難に直面している」という現実を露呈している。
現在、日本国内の洋上風力に関する制度見直しや入札プロセスの透明化が進んでいるものの、再生可能エネルギー拡大には依然として複雑な課題が残っている。
GXとDXの二大変革が同時進行
日本は現在、「GX」(グリーントランスフォーメーション)と「DX」(デジタルトランスフォーメーション)の二大変革の渦中にある。
半導体の国内回帰や生成AIの普及に伴い、データセンター需要が拡大しているが、それに伴い、膨大な電力が必要となる。
これを賄うためには、再生可能エネルギーおよび原子力の両面でクリーンな電源確保が不可欠である。
地震や台風といった自然災害リスクが高い日本においては、電力インフラのレジリエンス(強靭性)も重要な課題となる。エネルギー供給が不安定であったり、電気料金が国際水準を大幅に上回ったりすれば、大型投資が海外へ流出し、日本の経済成長にブレーキがかかる可能性がある。
DXとGXは両輪であり、これらが噛み合わなければグローバル競争に後れを取ることになる。
歴史が示す教訓:石油危機と東日本大震災
日本は、二つの大きな歴史的転換点から多くを学んできた。
1973年の石油危機では、原油依存度の高さがインフレと経済混乱を招き、省エネルギーと産業構造転換の契機となった。
さらに、2011年の東日本大震災において、多くの原子力発電所が停止し、火力発電への依存が急上昇した。燃料調達コストの上昇とエネルギー安全保障の脆弱性が再認識された。
これらの教訓をもとに、効率的で安定的なエネルギー需給体制の構築が求められている。
日本は先述の「S+3E」を掲げ、再生可能エネルギーの拡大と原子力の活用の両立という困難な方針を推し進める必要がある。
脱炭素のジレンマとビジネスチャンス
カーボンニュートラルの実現は容易な道ではない。
太陽光や風力など自然変動型電源の比率が高まるほど、電力の安定供給を維持するための対策が求められる。
蓄電池や水素、次世代火力(CO₂回収付き)などの新技術の開発は急務であるが、投資コストは依然として高い。
もしこれらの技術を日本企業が先導して開発できれば、アジアをはじめとする世界市場の開拓に大きなチャンスとなる。
再生可能エネルギー関連設備、水素の製造・輸送技術、さらにはサイバーセキュリティを含むエネルギーインフラなど、成長余地の大きい分野が数多く存在する。
さらに、地政学的リスクが高まる今こそ、化石燃料への過度な依存から脱却し、多様なエネルギー源を確保する強靭なエネルギーシステムの構築が求められる。
おわりに
「S+3E」を基軸とする日本のエネルギー基本計画は、脱炭素時代の国際競争を勝ち抜くためのロードマップであり、同時に日本社会の根幹を変革する可能性を秘めている。
しかし、原子力の安全性に対する国民の不安、再生可能エネルギー導入の課題、洋上風力案件の頓挫など、解決すべき問題は山積している。
次の十年は、エネルギーとデジタルが産業だけでなく国の在り方さえも変革する革新期である。
石油危機や大震災の教訓を生かし、「脱炭素と安定供給のジレンマ」をビジネスチャンスへと転じるかどうか。
日本の知恵と行動力が、今まさに試されているのである。